3月3日は桃の節句、5月5日は端午の節句。でも、「節句」って年に5回あるのを知っていましたか?
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更新日:2019.03.01
3月3日のひな祭りといえば、女の子が誕生したら、ひな人形を用意して健やかな成長を願う女の子のお祭りです。「上巳(じょうし)の節句」や「桃の節句」とも言いますが、どうしてこんな名前がついたのでしょうか。そして、このような節句って年に5回もあることを知っていましたか?
今回は、ひな祭りと節句にまつわる豆知識を紹介します。
日本に伝わる「五節句」って?
昔、日本では奇数は縁起のいい数、偶数は縁起の悪い数と考えられていました。
その縁起の悪い奇数が連なる日に邪気を払ってお願いやお祝いをするようになったのが、五節句の始まりと言われています。では、五節句と言われる、すべての節句を見てみましょう。
●1月7日 人日(じんじつ)の節句
一年の豊作と無病息災を願って七草粥を食べる日。別名、七草の節句。
●3月3日 上巳(じょうし)の節句
桃の節句。女の子の誕生と成長をお祝いします。
●5月5日 端午(たんご)の節句
男の子の誕生と成長をお祝いします。別名、菖蒲(しょうぶ)の節句。
●7月7日 七夕(しちせき)の節句
短冊に願いを込めて笹を飾る七夕の行事。別名、笹の節句。
●9月9日 重陽(ちょうよう)の節句
ほかの節句に比べると、あまりなじみがありませんが、旧暦では菊が咲く季節なので、菊の節句とも言われています。かつて、重陽の節句は五節句の締めくくりとして盛大に祝われていたそうですが、時代とともに変わってしまったようです。
ひな祭りの起源は中国から?
ひな祭りの起源は、300年頃の古代中国の「上巳節(じょうしせつ)」にあると言われています。
3月上旬の巳の日は季節の変わり目で、災いをもたらす邪気が入りやすいとされ、水辺で邪気を払う習慣がありました。
この上巳節のことは、遣唐使によって日本にも伝わり、禊(みそぎ)の神事になりました。
最初のうちは天皇のためのお祓いだったのですが、平安時代になると宮中行事になり、「上巳の祓い」として宴を催し、人形で自分の体を撫でることで自分の汚れを人形に移して、水辺に流すようになります。
有名な源氏物語でも光源氏がお祓いをした人形を船に乗せて、須磨の海に流したという風に書かれています。京都の下鴨神社など、この「流し雛」を未だに伝えているところもあります。
江戸時代には、幕府が「上巳の節句」を五節句のひとつとして定めます。
5月5日の「端午の節句」が男の子の節句であるのに対し、3月3日は女の子の節句となり、一般社会へと定着していきました。
また、「桃の節句」という呼び方には諸説ありますが、桃の木は邪気を払う神聖な木と伝えられていて、3月3日がちょうど開花時期に重なるからだと言われています。
人形は流すものから飾るものに
時代が進むと、文化や風習も変わっていくものです。
人形を作る技術もどんどん発展するにつれ、高級化が進み、流すものから飾るものへと変化。
今のような内裏雛(だいりびな)を雛壇に飾る「ひな人形」という形になり、みんなでお祝いをするひな祭りになりました。
いかがでしたか?
五節句についてと、ひな祭りの由来についてご紹介しました。
ひな祭りや、端午の節句、七夕など。お祝いをする際には、お子さまに由来を話してあげるのもおすすめです。こういった日本古来の行事を大切にする心も、一緒に育てていきたいですね。
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